ホンダの隆盛〜80年代のホンダ〜

ホンダの隆盛〜80年代のホンダ〜

ホンダの80年代は神がかっていた、と証言する人が少なくありません。

日本だけではなく世界中の人がホンダを絶賛しています。

特に1980年代のホンダは凄まじかったと皆回想するのです。

80年代のホンダはシティに始まりインテグラで終わった、と言えます。

80年代前半にホンダより発売された真っ赤な車体が印象的だったホンダ・シティ。

当時の人々の心を真っ先に引き付けたのはインパクトのあるテレビのコマーシャルでした。

テレビのコマーシャルでは外国人歌手が歌う「シティシティ、シティシティ」という歌声が妙に耳に残り、ホンダや車の事などは知らない子供達もそのコマーシャルのCMソングを口ずさむ程でした。

ホンダ・シティにはもう一つ伝説的な「おまけ」が付いていました。

それはいまや伝説のポケットバイクとなっているホンダ・モトコンポが何と「新車購入時のおまけ」で付属してきたのです。

「軽自動車を購入するともれなくポケットバイクが付いてくる」。

凄い時代でした。1980年代は。

むしろ現在においてはホンダ・シティよりもモトコンポの方が有名になってしまった感があります。

そして、ホンダの80年代と言えば「F-1参戦」を抜かして語る事は出来ません。

マクラーレンと提携しF1に参戦したホンダは当時の世界ナンバーワンF1ドライバーの座に君臨していた若き貴公子、アイルトン・セナをメインドライバーに据え、F1に「ホンダ旋風」を巻き起こしました。

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80年代までに既にオートバイの分野で世界的に有名になっていたホンダ自動車の名が、F1というカーレースの頂点に参戦した事で更にその知名度を世界中で押し上げたのです。

当時のマクラーレン・ホンダのF1カーのボディのデザインはとても力強くF1ファン以外の一般の人達にも人気がありました。

車は贅沢品か

車を所有することが贅沢かどうかはその人の考え方や環境によって変わってきます。

まず、贅沢品ではないというのは、仕事で車が必要な場合とか田舎で公共的な交通手段が非常に少ない場合にはそうでしょう。

問題は都会で仕事以外での車の所有をどう見るかです。よく軽自動車は贅沢品ではないと言いますが、都会である程度公共的な交通機関がある場合には軽自動車であっても絶対に必要と言えるわけではありません。

私の場合には車は贅沢品と言うことで結論が出ています。都会の方に住んでいますし、公共的な交通機関も比較的便利と言えるでしょう。そして何よりも車の維持費が高いということが一番の判断理由です。特に自宅に駐車場がないので、車を所有するためには月極駐車場が必要になってくるのですが、私の自宅の周りでは月極駐車場の相場がかなり高くなってしまっています。

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そうなればもともと交通の便が良いので車を使う頻度も下がってきますから費用対効果のことを考えれば費用ほど車の便利さを享受できないというわけです。

私の年代では車を持つということはあこがれでもあり、社会人になった証明のような意味もありましたので、社会人になってからずっと車を持っていましたので、車を持たない生活は若干でありますが、寂しい気がしないでもありません。特に若いころはドライブや遊びで車の乗り回したような思い出はたくさんあります。

しかし、今の環境でいる以上は車を持つことはしないでしょう。もちろん、地方の方へ引越しをしたりおおきな環境の変化があればまた車を持つことにならないとは限りませんが。ただし、車は贅沢品であるという意識はこれからも変わらないのではないかと自分では思います。

初めての車の選び方

私が初めて車を手にしたのは免許を取ってすぐの18歳の時。

当時車が好きで16歳の頃からガソリンスタンドで働いていた。

免許を取得してからはスタンド内で車を洗車機に運ぶ、ピットに入れる、車検に持って行く等仕事の幅が広がった。また、私自身も沢山の車種の車に乗れて嬉しさもあった。

当時免許を持っているのが3人だけだったので職場の所長も大喜び。

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私が初めての車は何にしようかと色々と調べていると父が『運転初心者は捨ててもいい位の車でいい』と言って聞かない。

『買うのも乗るのも私だ』と言い切るも、やはり周りの人間に聞けば父と同意見…。

私が半ば不貞腐れている時、タイミングよく燃料を入れに来た個人で営む小さな中古車販売店の社長が私に言った。

『お姉ちゃん免許取ったんやて?車は??』

『私はクラウンとか乗りたいんやけど親父も所長もみんな捨ててもいい位の車にしろ言うて。まだ決めてないんすよ』

『ええ車あるで!姉ちゃんやったら全部込みで20万にしたるわ!!』

全部込みで20万!?原チャリじゃん…。

いや、込みで20万なら原チャリより安いぞ!??

今にして思えば無謀と言うか無駄と言うか…。

私は本気でクラウン並の車を買うつもりをしていた。バカだ(笑)

社長が用意してくれた車はミラだった。

車種はかなり古いが一応ターボ。

内装は全く問題がない程綺麗。

話を聞いた数日後に社長が早速スタンドに乗って来てくれたのだ。

所長も社員も『これで20万は安すぎる位やぞ』と。

確かに20万なら安い。でも…。

『どうしても高級車に乗りたい』

それに対して所長は言った。

『20万位やったら下手な傷作って修理するより安いやんけ。

こちら

心の傷まで入れたら大儲けや(笑)傷付けたくないと思って走ってたら運転下手なるぞ』

この言葉で購入を決意。

決めた事を社長に伝え、当日は父に連れて行ってもらった。

一通りの手続きをしている間、近所を購入する私よりも先に試乗してきた父も満足。

『社長、本間ええ車でんなぁ。本間に20万でええんかいな!?』

偉そうだけど父は初対面だ。

『そうでっしゃろ。いや、スタンドの社長がな。姉ちゃんが免許取りに教習所通ってる言うて“免許取ったらアイツは直ぐ車欲しがるやろから探しといてやってくれんか”言われて前から探してたんや。本間ええのが見付かりましたで!!』

…はい?

『ええ所長やなぁ。姉ちゃん!!』

知らなかった…。

勤めていたスタンドは無くなりコンビニになった。

会社は私が勤めていた時に別会社に転売され、所長も社員も転勤になった。

中古車屋のじゃないともスタンドを辞めてからは会ってはいない。

父も他界していない。

車も廃車になってしまった。

だけど私は今、車に乗る仕事をしている。

自分で言うのも何だが運転技術は同僚の男性にも負けてはいない。

それはきっとあの頃に色んな人達の想いで運転技術を磨けたからだと思っている。

大阪堺 車買い取り
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